何世紀にもわたって、ヨーロッパを支配してきた巨大王朝ハプスブルク家。これは、マリア・テレジアなど多くの有能な支配者を輩出した、有能な王家でもあります。しかし輝かしい栄光の歴史の裏には、不都合な真実も隠されていました。この記事では、「ハプスブルク顎」に見える同家の負の歴史をご紹介します。
ハプスブルク顎
同家に生きた人々は、「下顎が突き出ている」といった特徴を持っていました。
医学的に言えば下顎前突という同じ身体的特徴を持っていたのです。突き出た顎は非常に顕著であったため、当時の肖像画家でもそれを隠すことができませんでした。この症状により、王家の一部のメンバーはまともに食事をしたり話すことができなかったといいます。
「ハプスブルク顎」は、何世代にもわたる近親交配の生物学的結果でした。ハプスブルク家は同族内で権力を維持するために、婚姻を同族内でおこなう傾向がありました。いとこや叔父、ひどいときには姪などの近親者との「近親婚」に依存していたのです。
近親婚が災いして
確かにヨーロッパの王家では近親婚は珍しいことではありませでした。とくにハプスブルク家は、血族結婚の擁護者でした。同家は中世で「オーストリア家」と「スペイン家」に枝分かれするわけですが、後者スペインハプスブルク家の治世中、1516年から1700年までに行われた11回の結婚のうち、近親相姦でなかったのは2回だけでありました。
近親交配は確かに彼らが権力を維持するのに役立ったといえるでしょう。
権力が外に漏れ出るのを抑止する効果がありました。しかし、世代を経るにつれて健全な遺伝子プールはほぼ枯渇していくことになります。1517年、イタリアの外交官アントニオは、のちの神聖ローマ皇帝カール5世について、
長くて死体のような顔をしている。
下唇が下がった偏った口をしており、油断すると開いてしまう。
と語った記録がのこされています。
症状は近親交配と比例
皇帝が持つ、突き出た恐ろしい顎。
これは「ハプスブルク顎」「ハプスブルク家の呪い」として、長年恐れられてきましたが、2019年、科学的研究により近親交配とハプスブルク家の顎との関連性が確認されています。
下顎前突症や上顎欠損症(上顎の骨が適切に発達せず、上唇がくぼんで見える状態)の兆候がないか数十枚の肖像画を分析したところ、近親交配の証拠が多ければ多いほど、顎の状態が悪化していることが判明したのです。
ハプスブルク顎をもった人物
この研究では、「最悪のハプスブルク顎」を持っていたのは、マクシミリアン1世、そしてその娘、甥、甥の曾孫、そしてカルロス2世であったと結論付けられました。
スペインハプスブルク家の当主として、5代目にあたるカルロス2世は、16世代にわたる近親交配の結果、てんかんなどの多くの病気や障害を患っていたといいます。こちらの家系図から分かる通り、カルロス2世の母親も「父親の姪」にあたる人物でありとても近いところで婚姻が行われていたことがわかります。
精神的な衰退と同様に身体的な衰弱も著しく、カルロス2世の検視では、
一滴の血も含まれていなかった
彼の肺は腐食していた
彼の腸は腐って壊疽になっていました
彼には石炭のように黒い睾丸が 1 つあり、頭は水でいっぱいでした
まとめ
結果として、カルロス2世は、スペイン・ハプスブルク家最後の王となります。彼は「エル・ヘキサド」(「魔法にかけられた人」の意味)として知られるようになり、38歳で後継者もなく死去する運命にありました。
2019年の研究では、ハプスブルク家を分析するために「近親交配係数」が計算されました。この係数の典型的な「F 値」は 0.0625 で、これはいとこである両親を持つ子供を示しています。スペインのハプスブルク王朝の創設者フェリペ1 世の F 値は 0.025 でした。彼の玄孫であるチャールズ 2 世の F 値は 10 倍以上の 0.254 だったのです。
研究主任者であるスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ大学ロマン・ヴィラス教授は、「(スペイン) ハプスブルク家はヨーロッパで最も影響力のある王朝の一つだったが、近親交配が顕著にみられた。そして皮肉にも、それが最終的に滅亡のきっかけとなった」と結論づけたのでした。
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